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1: 以下、DAW速報がお送りします 2015/03/30(月) 23:16:45.97 ID:???*.net
■小室哲哉との出会い「そばにいさせてもらった」

「小室さんとの出会いは、ベイサイドクラブのイベント。その頃お客さんも
巻き込まれる事件が起こって、夜の12時以降にディスコの営業ができなくなったんです。
それでDJが失業しだして、店舗も減ってきて、ブームもマハラジャみたいな風に変わっていきました。

でも僕はそんな風潮の中でもとにかくDJをやっていた。そしたら、ディスコ業界の横のつながりで
『今度イベントがあるんだけど、DJをやらないか』って声をかけられた。
それが小室さん主宰のイベントだったんです。

小室さんを紹介される前は、洋楽ばっかり聞いていたので、邦楽ってすごくポップスな
世界だろうっていうような認識でした。でも小室さんがレコーディングをしている最中に
あいさつに行ったら、小室さんはミニムーグっていうベースの音源をいじっていたんですよ。

邦楽のアーティストでもここまで掘り下げて音作りをするんだって、うれしい驚きを感じました。
コアな作業だって思ったことを小室さんはやっていて、すごく共通性があって、
さらにもっともっとコアな部分で長けてるところがあって、さらにどんどんいろんなものが出てくる。

毎日通って小室さんと会うたびに、新しい発見であるとか、自分の知らないことが
いっぱいありました。小室さんとは仲良くなったというより、本当にそばにいさせてもらった
という感じでした」

■多忙のあまりDJの現場から遠ざかってしまった

「ベイサイドのイベントはもともと小室さんのソロ活動の一環であって、
本格的にダンスミュージックをやるには、ロンドンで発祥したレイブイベント
(一夜限りの大規模な音楽イベント)をやろうって感じでした。でも本場のレイブは、
郊外のだだっ広いところの倉庫なんかで、DJがでっかい音出して、無機質で単純なビートだけで
皆がひとつになっているようなもの。

さすがにそれは日本じゃなじまないから、小室さんはダンサーとDJとボーカルを作って、
日本人が楽しめる要素を入れたんです。それがTRF結成のきっかけじゃないですかね。

だけど、曲を作り始めても、メンバー皆はそれが自分たちの曲とは思ってなかったと思います。
どこでどう話し合われていたのかはわからないけれど、連絡がきたから集まったって感覚だったので(笑)。

僕が初めて参加したのはファーストアルバムがなかば出来上がったときで、
『ラップできる?』って聞かれて、『ちょっとじゃあこれ入れてよ、こことここまで』って感じで
何曲か入れて。今思えば、出来上がる前に参加できてよかったなぁって思います。

(続きはURL)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150330-00010007-trendnewsn-ent&p=2

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