コブクロ

コブクロ、ファンが作るグッズの自作販売に注意喚起「肖像権・著作権を侵害」

1: 2017/07/01(土) 19:25:43.61 _USER9
http://news.livedoor.com/article/detail/13277607/
2017年7月1日 13時57分 トピックニュース

6月29日、コブクロの所属事務所・オフィスコブクロが公式Facebook上で、ファンが作るグッズについて注意喚起をした。

これまで事務所では、ファンが自分たちで作るグッズについて、「『個人で書かれたイラスト』を使用したグッズ制作など、『個人で楽しまれる範囲』に限り、常識的な観点を持ってこれらの活動を許容」してきたという。

だが最近、「サイトのオフィシャルロゴやツアーロゴ、アーティスト写真等、肖像権・著作権を有するデザインを許可なく安易に使用し、常識を逸した制作活動を行なっている方やグループが散見」されるようになったというのだ。

しかもそのグッズは、「複数人への配布や販売等、『個人で楽しまれる範囲』を完全に逸脱した活動も多く見受けられるようになりました」というのだ。
事務所はこのようなグッズを制作して販売する行為を、肖像権・著作権の侵害だとし、「このような安易な制作活動は決して認められるものではございません」と訴えていた。

そして、この状況が続くような場合は、「全面的に個人でのグッズ制作を禁止せざるを得ません」とする。一方で、「出来れば厳密に取り締まることなく、皆様に楽しんでいただきたい」と考えているということだった。

さらには、Facebook上で活動しているあるグループを名指しし、「オフィスコブクロとしましても許容の範囲を超えた行為との判断に至り、制作物の即刻の回収と掲載中の関連記事の削除を依頼」したと報告した。
そして今後、このグループが制作したものを「ツアー会場での着用及び持参することは、ご遠慮いただきますよう、お願い申し上げます」とし、無断で製作されたグッズを持参しないように呼びかけていた。

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コブクロ 活動休止の“真相”を初告白・・・

06192
1: 2016/06/16(木) 23:31:17.44 _USER9
 男性デュオ「コブクロ」が16日放送のNHK「SONGS」(木曜後10・50)に出演。2011年8月からの半年間の活動休止について初告白した。

 1998年9月に結成し、2001年3月にメジャーデビュー。05年、シングル「ここにしか咲かない花」「桜」、アルバム「NAMELESS WORLD」がヒットし、
NHK紅白歌合戦に初出場。07年には「蕾」で日本レコード大賞を初受賞し、トップアーティストの仲間入りを果たす。

 しかし、11月8月、札幌市で行った全国ツアー最終公演で半年間の活動休止を発表。小渕健太郎(39)が高音域の声を出しづらい「発声時頸部(けいぶ)ジストニア」を発症し、
約半年間の療養が必要と診断されたため。黒田俊介(39)も持病の腰痛がツアー中に悪化したことなどを理由に休養した。

 当時について黒田は「(活動休止は)ほぼ無期限に近かった。音楽をやめようと思った。パン屋になろうと思っていた」と告白。小渕も「創作意欲はゼロだった」と打ち明けた。

 “どん底”から13年、原点のストリートライブを経て「オレ、まだイケるな」(黒田)と手応え。小渕は「結成から18年。誇りに思う」と今後も歌い続けることを誓った。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160616-00000153-spnannex-ent

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米国人イケメン歌手「J-POPは世界に通用するYO!」

09
1: 2016/03/07(月) 21:35:23.62 _USER*.net
さて、今週ご紹介するエンターテインメントは直球ど真ん中のロック/ポップスの興味深いお話でございます。

 あえて説明するまでもないですが、いまの日本のロックやポップス界というものは、欧米に追いつけ追い越せとばかり、さまざまな試行錯誤を繰り返して現在に至った経緯があります。

 1954年に米でエルビス・プレスリーがデビューし、ブルーズ(ブルース)のような黒人のルーツ音楽と、カントリーのような白人音楽との垣根をぶち壊した「(商業)ロック音楽」が登場。
黒人差別の概念が抜けない保守的な白人層は顔をしかめましたが、若者の多くはその斬新なサウンドに衝撃を受けました。

 そして英で62年、そんなプレスリーのサウンドに憧れた4人組、ビートルズがデビューし、ロック音楽が全世界規模の若者文化として広く認知されることになります。

 その後、63年に英でローリング・ストーンズが登場。米では62年にボブ・ディランがデビュー。ロック音楽は世界の大衆文化に計り知れない影響を与える存在となりました。

 日本でもビートルズやストーンズ、ディランをはじめ、さまざまな洋楽ロックやポップス界のスターや、彼らの名曲に影響を受けた歌手やバンドが日本語ロックの創出に向け試行錯誤を繰り返し、
88年に開局した東京・六本木のFM局、J-WAVEの取り組みによって、そんな“和洋折衷”スタイルである日本のロックやポップスが「J-POP」と呼ばれるようになります。

 そんななか、90年以降になると、洋楽ロックから音楽好きになるのではなく、生まれたときからJ-POPしか聴かずに育ち、プロの歌手やバンドになる世代が急増。2000年以降、J-POPは日本独自のサウンドとしてさらなる進化を遂げていきます。

 そして2010年代に入ると、ビートルズもレッド・ツェッペリンもデビッド・ボウイも「知らないし聴いたこともないし興味もない」と公言する若者が普通に登場します。

 いやはや。時代は変わったものですが、そんなJ-POPに衝撃を受け「憧れのJ-POPが生まれた国でプロの歌手になりたい!」という夢を実現した米出身の男性シンガーソングライターがいるのです。
本場欧米の洋楽ロックに憧れてプロをめざした団塊ジュニア以上の世代からみれば、にわかには信じがたいのですが、今週はそんな彼についてご紹介いたします。

■日テレ系の番組、初出場3位で「美しすぎる18歳」…幼少期、コブクロ『蕾』聞き…

 前置きが長くなりましたが、彼の名はニコラス・エドワーズ(23)。1992年7月31日、米西海岸オレゴン州ヒルズボロ市生まれのイケメン・ミュージシャンです。

 もともと父親がミュージシャン(ギタリスト)だったため、幼い頃から歌手になりたいと思っていたそうですが、そんな彼の人生を変えたのが日本語でした。

 「14歳の時、外国語の授業を受けるに当たり、日本語を選んだんです。深い理由があったわけではなく、フランス語やドイツ語やスペイン語と違って、英語と関連づけされていない語学だったので、面白いと思ったからです」

 そして、勉強するうち、英語と関連付けられていない日本語の持つ独自性や面白さに強く惹かれ「興味に火がついた」ことから、ヒルズボロ市の姉妹都市である静岡県の袋石市の日本人家庭にホームステイ。そこでまたまた人生が変わります。

 「ホストファミリーのお宅には僕と同年代の男の子がいたんですが、彼が聴いていたコブクロさんの『蕾(つぼみ)』(2007年)に凄く衝撃を受け、以来、J-POPが大好きになったんです」

 帰国後も「いまはインターネットがありますから、米でもJ-POPを聴いていました。コブクロさんや福山雅治さんや宇多田ヒカルさんの楽曲を特によく聴きましたね」と述懐するエドワーズさん。

■J-POPハマった理由は「日本語の独自性」…物語性、朗読詩として成り立つ歌詞

 何が彼をそれほどJ-POPにのめりこませたのか? それは楽曲の素晴らしさもさることながら、やはり日本語そのものが有する独自性にあったようです。

(続きや関連情報はリンク先でご覧ください)
引用元:産経ニュース http://www.sankei.com/west/news/160307/wst1603070003-n1.html

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